38

 
たくさんのお祝いのメッセージありがとうございました。
 
結局インディペデントというかフリーランスというか直球でいうところの無職で38歳を迎えました。去年の誕生日には「今年は何らかの動きがあるかも」なんて書いてしまいましたが何の動きもなく、会社を辞めてから何も変わらない日常を過ごしています。アカンやつですね。これは本当に反省すべきところ。ただ、動いてはいないものの下準備はできました。皆さんにお祝いされる数日前からいろんな企業にアプローチしています。あたい就職するわよ。
 
ただ、一番の問題は健康状態です。先天的障害(のようなもの)から来る精神疾患。20代後半からこれと戦い続けてきてはや10年、一時的な回復を見せることがあっても寛解とまではいかないようです。37歳もこれとのお付き合いが大変でした。起き上がれない、不安で息苦しくなり眠れない、死ぬんじゃないかと思うくらいの頭痛、心因性の身体症状は全身に及び、とっても難儀です。いきなり予定をキャンセルして不義理を働いたり、かと思えば長旅に出てたり、なんなんだこいつはと気分を害された方も多いかと思います。これにはただただ謝るしかありません。本当にごめんなさい。常にダメなわけじゃなく、突然落ちる。だから実は旅先でも丸一日寝てたりする。そんなややこしい病状です。
とにかく治すことが先決なのですが、最大のストレスと思われた会社を辞めてもなぜか症状は変わりません。ある方に「無職であることってストレスランキング上位だよ」って言われました。調べたら9位でした。あと7位に自分の病気・・・ってループやないか。何をやってもいい刹那的な自由はありますが、私財が尽きるまでというリミットが付くと、インディペデントというかフリーランスというか直球でいうところの無職は、治療としてあまりよい方向には進まないのかもしれません。
 
じゃあ何の職に就きましょうかね、というところで漁業農業の第一次産業に始まりいろんな職業を考えた末、やはり私には身体より頭を使う仕事のほうが向いているようです。おれ頭いいんだぜすげぇだろエヘヘ、ってことではなく、というのは先程の先天的障害と繋がるところでもあるのですが、知能検査、いわゆるIQテストで分野別に指数15以上の差(能力のギャップ)があると異常とされているところが、35あります。言語力・記憶力だけならそこいらの人に負ける気がしませんが、臨床心理士さんもびっくりな得手不得手に苦しんでおります。話をしているだけであれば、手前味噌ながら「仕事ができる人」と思われがちです。ところがいざ仕事をやらせてみると無能の人と化します。期待されながら何の結果も出せず上司が失望するというのもキツいプレッシャーでした。得手の部分だけを利用して何かできないものかと司法書士試験にも挑戦しましたが、ガリ勉に耐えられる体調でもありませんでした。
 
とにかくできることをやりたい
 
という思いはあれど、そんなのは今さら年齢的にもちょっと厳しい。なので、障害者手帳を手に入れてその枠でどこかに入り込むことにしました。当然給料は低くなります。前職の半分以下かもしれません。結婚できないレベルかもしれませんし、自宅に防音室を作ってドラムセット置いて叩きまくるという野望もきっと果たせません。でも、ようやく見つけた細い一本の道です。周囲の同意が得られてできることをやらせてくれるのならそれで十分です。夏に帰省した際、母に「わしもう結婚できひんかもしれんけどええかな。」と尋ねたところ「え!あんたまだそんなんできると思ってたん!?」と返されたのは軽めのショックでしたが・・・とりあえず社会人としての一歩を今までとは違った形で踏み出してみよう、という所存です。
 
趣味はまた体調と相談の部分があって、時間がある割に密度の高いものではありませんでしたが・・・人生で一番LIVEに足を運び、雪山にも行き、ダイビングも楽しめた1年でした。あと7年ぶりにメインカメラ変えました。やったね。真剣に向き合おうと思えばオリンピック出場のスキーヤー、世界選手権ゴールドメダリストのフリーダイバー、武道館を何度も満員にしたドラマーのサポートがあります。スキーももっとうまくなりたい、美しい雪山も見たい。-30mまで潜りたい。人様に見せられるレベルに叩きたい。写真は誰に教えられなくても絶対にもっとうまくなるはず。意外に上昇志向。
 
なんで実家に戻らないの?ってよく聞かれます。縁もゆかりもないこの四谷という地で無駄に家賃払ってどうすんの?実家のほうが体調良くなるんじゃない?とかとか。
ここ数年、スキーが好きで、ダイビングが好きで、東京での仕事をやめて山に海に吸い込まれていった友人が5人ばかりいらっしゃいます。やりたいことをやるために決断をする、本当に最高だと思います。
 
ぼくは東京に吸い込まれているのかもしれません。
 
山や海と違って明確な理由はありません。便利とか、ステータスとか、そういうことは関係なくて、なんだか居心地がよいのです。会社辞めるまでは、東京に住みたい!なんて思ったことなかったのにね。「嫌なら出てけよ 俺は好きさ東京」と歌ったのは遠藤賢司だったか。ぼくはここで大好きな友人たちに囲まれ、出世なんかどうでもいいからできることをやって、健康に生きていきたい。ただそれだけです。そして一度は志した司法書士、超スローペースになるかと思いますがこれも勉強を再開していこうと思っています。
 
ここに書いたことが全て思うように進むかどうかはわかりませんし、突然気が変わって沖縄移住するわとか言い出すかもしれませんが、現時点での思うところを連々と書いてみました。ここまでまとめるのヘタクソでほんまに文章力あるんかな?という疑問はどこかに放り投げて、自分を信じて生きていくことにします。
 
38歳のasryもよろしくおねがいいたします。